半径3mの教育論

中学教師の教育雑感記

5756 大切な大切なひな人形

〈大切なひな人形〉


福岡県久留米市のお話です。お母さんと女の子2人の3人の家族が住んでいました。
ここのうちにはお父さんがいません。

随分昔,まだ上の女の子が小さいころに亡くなったのです。

そのお父さんは誰に対してもやさしく,人の良い性格と近所でも評判の人でした。

ところが,そこをつけこまれて,理不尽な借金の保証人を引き受けてしまっていたのです。
お父さんが亡くなった後,娘2人を抱えながら,残された借金を返すべくお母さんは,毎日働きに出ていました。

そのような理由で,この家はとても貧乏でした。服も買いかえられず,それどころか,毎日のご飯にすら困る日々。

こんな家庭事情でしたから,他の家のようにクリスマスや正月を祝うこともできないのでした。
それでも,幼いながらにしんぼう強く,姉妹2人は我慢を重ねましたが,ついに3月の

ある日,小さいほうの女の子はお母さんに泣きつきました。

「どうしてうちはひなまつりをやらないの?」

「○○ちゃんのところでは人形も飾るし,きれいな服も着てるよ。」

わんわんと泣きながら,そう言いました。
どうやら,近所の女の子が自慢しているのを聞いて,すっかりうらやましくなってしまったのです。

お母さんは困りました。

自分が働きにでることで,なんとか毎日をやりくりしている中,人形や服を買う余裕などあるわけもないのです。

死んでしまった父親のせいにするのも心が痛むし,何より娘2人に家のことを心配させたくはなかったのでした。
そこでお母さんは,泣きじゃくる妹と,それを不安そうにみつめるお姉ちゃんを連れて,お風呂場へと連れて行きました。

今日もどこで遊んできたのか,あちこち汚れた服を脱がせると,3人一緒に仲良くお風呂にはいります。

そして,汚れのひとつひとつを,丁寧にゆっくり時間をかけて,丹念に洗ってやりました。

いつもだと母親は夜仕事に出かけているので,3人で入るお風呂は久しぶりです。

二人は顔を和らげ,はしゃぎながら,いつもよりうんと長くお風呂に入っていました。

風呂から出ると,3月らしいあたたかな風が隙間から入り込んで,ぽかぽか温まった
家族の体を包みます。

それから,お母さんはじゃれる二人を優しく拭いてやると,直したり着まわしたりした服の中から,一番立派な洋服を2つ選んで,着せてやりました。

 

そして,不思議そうに自分を見つめる二人を抱き寄せて,こう言ったのです。

「あなたたちが,うちのひな人形よ」

飾りもなく,ごちそうもない,いつもどおりの殺風景な家でのひなまつり。
けれど,女の子2人にとっては,心も体も温かに包まれる,忘れられない一日となったのでした。

 

※追記

この話は,教師3年目ぐらいの時(昭和63年ぐらい)にPTA講演会で聞いた話を物語風にアレンジしたものです。
毎年,ひなまつりの頃に学年通心にのせていました。