半径3mの教育論

中学教師の教育雑感記

4058 部活動から解放された日々

内外教育」(令和2年4月7日)より,内田良先生(名古屋大学大学院准教授)の記事を紹介します。
〈引用はじまり〉
今回の臨時休業は少しばかり,多忙な日常から教師を解放した。児童の受け入れを行った小学校教師が「学校に来ている子どもが,本当にかわいくって。心のゆとりがあると,子どもの見え方が変わってくるというのは,大発見でした」と目を輝かせていた。業務にゆとりがあるからこそ,子どもにじっくりと向き合える。何とすてきな発見だろうか。これまで,教育界に住まう私たちは「子どものため」ばかりを考えてきた。だが,あえて「教師のため」を考えることが,子どもに質の高い教育活動を保障することにつながっていく。」
〈引用終わり〉
実際,この臨時休業になったことで私は部活動から解放されました。

部活動に熱心ではない私のような教師にとっては,本当の意味で授業と向き合う時間が増えたと実感していると同時に喜びを感じています。

部活動の存在意義は十分に理解しています。部活動が好きな教師は,それを通して教育を進めていけばいいのです。

問題は,部活動が得意ではない,好きではない教師,そのスポーツに対して無知な教師にも半強制的に顧問を押し付けてしまう現状にいら立ちを感じているのです。

事実,うちの学校長は,大学を卒業したばかりの初任者(女性)にサッカー部の顧問を任せました。

ちなみに彼女は,大学時代は茶道部だったそうです。職員会議で私も部活動の在り方について意見をいいましたが,結局,教頭がサポートするということで収まりました。

まだ部活動は本格的に始まっていませんが,彼女が20名近いサッカー部員を平日,土日の練習,練習試合,公式戦などでまとめていくことができるか心配です。
初めて教壇に立つ彼女が,学級をうまくまとめ,日常授業において生徒を統率していくための十分な時間を確保できるかどうか心配です。
学校や生徒のことを全く考えないで,心身共にリフレッシュできる時間が持てるのかどうか心配です。
授業や学級経営と部活動を切り離し,本来の意味での教師として育てることの大切さについて考えていくべきです。
この臨時休業中に,今後の部活動の在り方について本音で議論する時間を設けてほしいと思った記事でした。

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