半径3mの教育論

中学教師の教育雑感記

2140 「道徳の教科化」についての今のところの考え

昨日,道徳教育推進教師研修会に参加しました。文部科学省の調査官から約3時間にわたって道徳教育のありかたについての話がありました。
学習指導要領に書いてある「道徳の時間は道徳教育の要」とか「補充・深化・統合」とか「道徳的実践力」など堅苦しい言葉の意味を実に分かりやすく具体例を挙げながら説明されました。
会場の教師たちもうなづきながら聞き入っていました。
中でも,道徳の教科化について興味深く聞きました。
そもそもどうして道徳は教科化される方向に動いているのかと言えば,
1 道徳の時間を他の活動などに流用して,本来の道徳授業をしっかりとやっていない教師が多いため。
2 いじめが深刻化しているため,道徳教育に力を入れるため。
この2つの理由からだそうです。
では,道徳を教科にして強制的に型にはめれば,教師たちはまじめに道徳授業をやるのでしょうか。

1について,どうして流用しているのかと言えば,理由は2つあります。
①道徳授業が大切なことは知っています。しかし,行事の準備や学級会などを開く時間の余裕がないのです。年間授業時数が980時間から1050時間に大幅増したため,行事の準備をする時間がほとんどとれないのです。
また,いじめやその他の生徒指導の問題が起これば,すぐにアンケートや学級会などを開く必要があるため,本来の学級活動ができない状態にあるのです。
(道徳の時間と同じくらい,学級活動も本来の内容をやっていない教師が多い事実を忘れていませんか?)
②道徳授業をやりたいけれども,やり方が難しい,いい資料がない,生徒の本音をだす指導が難しいなどを悩みを抱えている教師が多いのです。

こう考えると,道徳を教科化する前にやるべきことがあると思います。
①教育課程に余裕を生み出すことです。自由に使える時間をもっと増やすことです。行事の準備や学活でできなかったことをこの時間でやるのです。
②教師が道徳授業をやりたくなるような実践的な研修会を増やすことです。型にはまったやりかたではなく,いろいろな指導方法を紹介するような内容にするのです。
いい授業を参観したあとで,「よーし,明日この資料を使って自分なりの道徳授業をしてみよう!」思った教師も多いはずです。そんな研修会にするのです。

つまり,教師にある程度の自由を与え,教師が道徳授業を好きになり,やりたくなるようなシステムを残しておくことが大切だと思うのです。