半径3mの教育論

中学教師の教育雑感記

1108 言葉抄

小冊子PHPの5月号に,作家の伊集院静さんの文が掲載されていました。この中で,私が気に入った部分を紹介します。
〈引用始まり〉
昔の日本社会には,人間関係の糸口がたくさんあったように思います。わかり易く言えば,声を掛け合う社会がそこにはあった。どの町にも,必ずと言っていいほど奇妙なオジサンがいました。働くこともせず,日が高いうちから酒を飲んでいる。大人から見ればまったく社会の役に立っていないようでも,子どもたちにはいろんなことを教えてくれたりする。親たちが隠しているようなことを,こっそり教えてくれたりする。そこには妙に温かくて安心できる空気が漂っていた。そういった人間関係の”媒介人”のような存在が消えてしまったような気がします。そうした人間の存在を許さない社会になってしまったのでしょう。代わりに人々は,テレビやインターネットなどの”媒体”ばかりから物を知るようになりました。
〈引用終わり〉

そう言えば,私の子供の頃も近所にちょっと変わったオジサンがいました。小学校高学年の夏のある日,駄菓子屋で友達とアイスクリームを食べていました。話に夢中になったこともあり,食べたゴミを道に捨てました。その時,たまたま通りかかったオジサンにいきなりビンタをはられてしまいました。そして,一言も話さずに去って行きました。その時は,何が起こったかよくわかりませんでしたが,後で考えるとゴミを捨てたことに対する鉄拳制裁だったのでしょう。こういったことが日常的に起こっていたように思います。近所や世間が機能していた時代でした。